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ALSと共に

自分らしく生きるために〜療養生活の実例〜

D施設に入所して

千葉県 安川幸夫

 私は、1999年10月にALSを発病しました。2002年8月に誤嚥により急性肺炎を発症し、目の前が真っ白になり意識がもうろうとしている中、入院2日目に意識不明に陥り生命確保のため気管切開と同時に人工呼吸器を装着しました。もしこの時、気管切開をしていなければ私は意識不明のまま人生をまっとうしていました。後で先生に聞いた話ですが、「あの時は一刻を争う状態で死の淵からの生還だったね」、と言われました。呼吸器を装着し24時間介護の必要に迫られた私の家族は、80歳を超える両親と22歳になる娘で構成され在宅療養す るには明らかに介護不足でした。そんな中、「施設へ入らないか?」とA先生から話がありました。私は、「家族と一緒に住みたい」、と思いましたが介護不足の現状を考えると選択肢はひとつしかありませんでした。そして、2002年11月26日、D施設に入所しました。

 この時期、呼吸器装着者を受け入れている施設は、2002年2月、日本ALS協会の調査によると、茨城、岐阜、鹿児島、に1名ずつ、合計3名でした。千葉ではここが最初の施設でしたし、もちろん私が第一号でした。

 私は入所前、呼吸器を扱った事の無い施設に入所する事に不安を抱いていましたが、いざ入所してみると施設のみなさんの前向きな対応にそれまで抱いていた不安は払拭されました。入所後私は、施設の皆さんに呼吸器のことを、より深く理解していただきたいと思い、呼吸器の構造、各名称の役割、トラブルシューティングなどをA4サイズ3枚にまとめて施設にわたしました。そして、日常のちょっとした介護上の不具合は、都度メールにて連絡して、お互いに協力しあい、生活し易いように改善してきました。今では、施設のかた達の暖かい行き届いた介護を受け、体は不自由でも、なに不自由なく毎日が過ごせています。それは、施設のかた達が常に介護される側の身になって介護してくれているからだと思います。D施設での生活は、病院とは雲泥の差があり、生活しているという生活感があります。

 呼吸器装着者を2名、入居させている施設はめずらしく、もしかしたら全国でもここだけかもしれません。D施設の呼吸器装着者への介護力は全国でもトップレベルだと私は思っています。

 呼吸器装着者の受け入れに二の足を踏んでいる施設のかた達も、D施設のように、「やればできるんだ!」、という気持ちを持っていただきたいと思います。そして、前向きに呼吸器装着者を受け入れる施設がもっともっと増えてくれることを願っています。

*  *  *

 A先生が私を施設に入れたのには、介護不足もありましたが、それとは別の目的がありました。その目的を施設入所前にはっきり私に言いました。それは、「施設で呼吸器装着者が療養を受けている実績を作ってほしい」との事でした。先にも触れましたが、当時呼吸器装着者が施設で療養している人数は全国で3名しかおらず、より多くの療養者の実例を作りたいことでした。その甲斐あってか今年6月に同じD施設に1名入所しましたし、別の施設でも入所させる動きがあると聞いています。

2003年10月18日 安川幸夫